2022年6月下旬、北海道清水町とAirbnb(エアビーアンドビー)の日本法人は、町内に点在する遊休不動産などを民泊として活用する『まちまるごとホテル』構想の実現に向けて包括連携協定を結んだ。これは「つなぐ・つむぐ・つくる」をテーマに、観光促進と地域経済活性化を目的として2者が知恵を出し合い、3カ年をかけて清水町全体を一つのホテルのように見立てて再構築、ふたたび人びととのつながりと流れがある持続可能なまちづくりを目指すというもの。
清水町は北海道のほぼ中央、十勝平野の西部に位置し、帯広空港からは高速道路で1時間余りと、“道東への玄関口”とも言われる地理的優位性を持ち合わせた地域。しかし、人口減少や担い手不足を一因に空き家や廃ホテルなどが目立つ一方、観光滞在者向けの宿泊施設、さらには移住者向けの世帯住居も不足しており、需要があっても受け皿がない状態だ。
そこで、町長ならびに観光課の職員がそれぞれ自宅をリスティング登録して町外からやって来るゲストたちとの交流を図りながら、民泊を活用した新たな観光のあり方をみずから示していく、町民をも巻き込んだ「まちまるごとホテル」構想を実現させるための最初の1カ年目が始まった。これらの事例は全国初ということで注目が集まっている。
今回は、このプロジェクトを先頭に立って推し進める阿部町長に、清水町のいまとこれから、そして自治体首長ホスト全国第一号としての意気込みを語っていただいた。
遡れば1898年(明治31年)、清水町は、日本における資本主義の父と称される渋沢栄一翁が中心となって興した十勝開墾合資会社によって、開拓の一歩を踏み出した町。その後は教育の基盤となる学校、それに心の拠り所となるお寺や神社の建設を支援し、入植者の教育や福祉などまちづくりの基盤を築いた。
「今年(2022年)は、清水が開町して120周年にあたる節目の年。ちょうど次の10年に向けたまちづくりに関する総合計画を立てました。その際、町の職員だけでなく、『一緒にまちづくりに参加したい』とおっしゃってくれた、さまざまな年代層から任意に抽出させていただいた50名の町民のみなさんからもいろんな提言をいただきました。総じて、新たな発見を無理に考えるよりもまず、もともとある強みをうまく活かしたまちづくりをしていこう、というご意見でした」
そのことは、町民のみなさんもおおかた理解しているという。渋沢翁譲りの地域への誇りは、そこに住まう人々の心の深いところで代々息づいていると感じる。
では、清水町の強みとはどんなものか? それは、大きく下の4つが挙げられる。
道央圏の札幌から車で約2時間半、北海道の玄関口である千歳空港からは車で約1時間。また旭川や釧路へもそれぞれ車で2〜2時間半圏内という、北海道のほぼ中央に位置している町。町内には高速道路のICがあり、帯広から国道を通ってきた高速バスも清水町を起点に高速道路で各方面に向かう。またJR特急の停車駅「十勝清水駅」も町の中心に。
町の中心に程近い清水公園、十勝平野の遥か先に日高山脈を望む美蔓パノラマパークと日勝峠展望台、朝の連続テレビ小説“なつぞら”の舞台にもなった清水円山展望台、そして過去には本場英国ガーデンデザイナーズ協会の最高アワードも受賞した“世界でもっとも美しい庭園”を持つ十勝千年の森。これらは“十勝清水四景+1”と呼ばれる町の絶景スポットとして知られている。
農業生産額は300億円を誇り、小麦、牛乳、そして甜菜糖の元となるビートの生産額は道内、ひいては国内ナンバー1。“十勝若牛”のブランド化にも成功し、それらの肉を使ったご当地グルメもグランプリで三冠を達成。見事殿堂入りを果たしている。
1980年の町文化センター開館のこけら落としで開催された演奏会に端を発し、5年に一度大きな催しが行なわれる、町民全員が唄えるというベートーベン第九交響曲。また、地元中学、高校では部活としても取り入れられ、多くの大会で優勝トロフィーを持ち帰るアイスホッケー。そして、いよいよ新一万円札に肖像画として登場する清水町の父、渋沢栄一翁の歩みと恩恵。
この4つの強みをベースに、あらためてまちづくりを進めていくべきだ、という共通認識は自治体と町民のあいだでシェアされている。
「ちょっと前までは町外の観光客に完全に通過されていたのですが、ご当地グルメグランプリ3年連続優勝を勝ち取った“牛玉ステーキ丼”や、ふるさと納税をはじめとし全国的に毎年2億円余りを売り上げている“牛とろ”丼ほか、美味しいメニューが広く知れ渡り、ランチがてら清水町にあそびに寄ってくれる休憩型の観光が、わたしの代になってようやく定着してきたかなと感じています。
次のフェーズは、どうにかしてみなさんに泊まってもらうこと。ただ、残念ながら、少し気の利いたホテルや旅館というものが、いま町内にはないのです」
近年を振り返ってみると、大きな出来事として、2016年の台風10号による北海道豪雨での大洪水、そして2020年年初からいまなおくすぶり続けるコロナウイルスの影響が大きくある。
「北海道豪雨の復旧時にはたくさんの工事関係者が長期滞在しましたが、その後のパンデミックで世界的に人の流れが衰退したことで泊まる人はもうほとんどいなくなってしまいました。最悪なことに、それが長期化したことで町内の宿泊施設の多くがぐっと縮小したり、廃業に追い込まれていったり……。
そしていま、ウィズコロナの知見を経て、ふたたび町を盛り上げようとするなかで、Airbnbさんと出逢って民泊という仕組みを知り、この町のいろんな資源をともに利用し、知恵を出し合いながら取り組むことによって、清水町の観光スケールを休憩型から滞在型へとシフトしていけるのでは! と新たな期待を寄せています。
『まちまるごとホテル』構想を実現させるためには、この先ホストになってくれる町民のみなさんの協力も不可欠です。ですから、まずはわたし自身が旗振り役になって町を代表するホストを務めなければ、という思いでやっています」
清水町とAirbnbとが思い描く『まちまるごとホテル』の構想テーマは「つなぐ・つむぐ・つくる」。この3つを順番に1カ年ずつ実現させていくのが目標だ。それぞれ具体的にどういった内容なのか、ここに示したい。
清水町の魅力を世界中の人々が知るための取り組みをすすめます。行政が所有する「移住体験住宅」、ホームステイ型民泊、貸別荘、ファームステイなど、ユニークで多様な宿泊施設と、北海道十勝の大自然とそこで営まれる暮らしを学ぶ体験コンテンツを相互に連携、開発し、国内外のAirbnbの主要ゲスト層である若年層に向けて発信し、国内外のユーザーと清水町をつなぎます。
a. 清水町の強みを活かした体験型コンテンツを相互に連携開発
b. 清水町の魅力を世界に向けて発信するため、効果的なウェブサイト掲載に支援協力
c. 行政所有の財産(移住体験住宅等)の稼働率向上、新規顧客開拓に協力
d. 観光協会・移住促進協議会等関係機関等と、ホスト向けの勉強会や先進地視察の実施に協力
宿泊体験をとおして、国内外の人々が清水町に集い、清水町を第二のふるさとと考えるファン(関係人口)を増やします。町民とのふれあいの中から新たな文化交流やまちづくりが生まれます。人口減少社会における持続可能な地域づくりの新たなロールモデルをつくります。
a. ワーケーション等の仕事と休暇を組み合わせた滞在型旅行の受け入れを推進
b. アイスホッケーや第九の合唱などの清水町の特色を活かした文化交流を推進
c. ポストコロナ社会に向けて、リモートワーク等に対応した二拠点居住を推進
d. 清水町ファンに向けて、ふるさと納税、企業版ふるさと納税のメニューを共同開発
清水町ファンたちが、より清水の暮らしを体感できるよう、遊休不動産や商店街の空き店舗を宿泊施設へとリノベーションし、商店街を中心とした「まちまるごとホテル」構想の実現を目指します。宿泊、二拠点居住している人たちが町を回遊し、地域経済に活力をもたらす仕組みをつくります。
a. 空き店舗等のリノベーションによるシャッター街の解消にむけて相互で協力
b. 空き家等、遊休不動産のホスティング(宿泊+体験)による副収入の増加を目指す
c. コワーキングスペースやシェアオフィスの誘致、建設等を目指す
d. 新たな観光、移住ビジネスを創出し、持続可能な地域経済にむけて相互で協力
このなかの1年目、『町の魅力を発信し、人と人とをつなぐ』ための橋渡し役として今回、町長みずからもホストとして自宅をリスティング登録し、清水町に興味を抱くゲストを迎え入れるための準備をした。
阿部町長は、どのようなもてなしを考えているのだろう。
「人口一万人を切るこの町と同じような課題を抱える自治体が全国にはたくさんあると思います。また、移住願望や起業家精神を持った方々で『これからのまちづくりについて町長と話してみたい』という人も意外といるかもしれないと聞いています。人との触れ合いは得意な方。コミュニケーションを大切にしながら、ゆったりとおもてなしできればと思っています。
いまのところ、わたしのリスティングはホームステイ滞在型で、ベッドルームはひと部屋。セミダブルベッドだから2人ぐらいは泊まれるのかな。落ち着いたらもうひとつ広い部屋を用意して、4人家族や仲の良い友達が2人で来ても、それぞれの部屋で快適に泊まれるように準備したいと思っています。
わたしの家の敷地内には菜園があって、春夏シーズンに来れば、5月のアスパラから始まって、葉物、トマト、ナス、ピーマンほか大抵の野菜はパッと採ってこれます。食事は出していないけれども、もしよければサラダ付きの朝食でもサービスするよ、ってね。わたしたちにとっては当たり前の日常も、都市部の方々にとってはおもしろいのでは? そんなことも考えていたりしています」
もうひとつ、阿部町長がもてなしとして思い描いているのが、モーニング文化や銭湯&サウナ文化を宿泊体験のなかに組み込み、ゲストと地元民が交流できる場を盛り上げること。
「以前、娘が住んでいた名古屋地域を訪れた際、朝は家で食べないでモーニングに行くというのでついて行ったら、早朝からすごい賑わいにびっくりして。実は、町長としての一期目の公約に『モーニングのできるような街で、ゆったりとした週末の朝を』というのも入れたんです。その定着に向けて一度はチャレンジしたけど廃れてしまったものや忘れ去られていたものが、町外からのゲストが増えることによって刺激され、アイデアが再浮上し、町民のニーズも取り入れながらつながって、広がっていくのはいいことだなって思っています。
そして、ゲストと町民が交われる場としては、モーニングもそうですが、一日の終わりに利用する駅前の公営銭湯も挙げられます。安価ですし、サウナもついているので最近のトレンドにも合っているのではと感じています。清水町のコンパクトさを味方につけて、電動バイクなどをレンタルして町内を回遊できるサービスも提供できるかもしれない。
あるいはタクシー会社と連携して、京都の寺社仏閣巡りのように2時間くらいで町内の観光要所を巡るツアーを企画するのもいいかもしれない。やっぱり泊まってもらって滞在時間を長くしてもらうことで、いろんな観光の幅が出てきますね」
Airbnbとの連携協定を結んだことで、町の魅力を興味ある人たちに直接伝えることのできるチャネルや、広く対外的に町の情報を発信できるメディアも味方につけた清水町。今後、阿部町長は、どのような意気込みでこのプロジェクトを推し進めていこうとしているのだろう。
「どこかの真似をするのではなく、独自の資源と長所を生かしながら、このチャンスをどうやって膨らませていくかというのがもっとも大事なことだと認識しています。さまざまな売り込み方があるなかで、この町と合わないものを無理矢理当てはめようとしても、最初は良かったとしてもいずれ負の遺産になってしまう可能性だってある。
いまこそ、地の利だとか、ときのリーダーとか、丁度いいタイミングに恵まれたとき。Airbnbさんとタイアップできるというチャンスも巡ってきたのでなおさら効果を最大化させていくというときには、他自治体の成功例を目標とするよりも、ちょっと格好つけて言えば、他所にはないような新たなモデルをこれからつくっていくんだ! という意気込みを持って取り組んでいけたらと思っているんです」