標高600~1000mの場所に位置し、夏場でもひんやりとした空気が漂う小諸はかつて、都会の学生たちが夏休みに集中して勉強をするための糠地学生民宿村として知られていた。以前はいくつもの民宿があり、小諸駅前には大人が利用する居酒屋が立ち並び、老若男女が行き交っていた、一種の文化街と謳われていたという。それらの役割が薄れる大きなきっかけとなったのが、長野新幹線の開通だった。以後、多くの人は軽井沢で留まるようになり、アクセスが不便で様変わりしない小諸の利用者は激減。大半の民宿が廃業した。今回紹介する青雲館も、廃業の一途を辿る寸前まで来ていた。しかし、「転機となる出来事があって、再生を試みることを決心した」と、約5年前から青雲館の代表を務めている宮坂一信さん(以下、一信さん)は話す。
築年数およそ150年という青雲館の長屋門。佇まいは当時のまま。大胆な改装はせず、得た収益で水回りを整えるなどの最低限のリノベーションだけが施されている。
「ある時、東京の学生さんたちから農業体験をしたいという問い合わせがあって、うちがもっている畑を貸してあげたんです。以来、彼らは月一農業をしに小諸に来るようになりました。はじめは数人でしたが、それが段々と増えていき、それに伴って農業だけでなく、蕎麦植えや味噌づくりといった他の体験にも興味をもってくれました。それらは私にとってごく当たり前のものだったし、小諸も青雲館も何気ない場所と思っていたのですが、新しい交流を生み出せる可能性があったんだと気づかされ、再出発の船出を切ったんです」
一信さんのモチベーションを後押ししたもうひとつが、中村稔さんというパートナーの存在だ。一信さんと稔さんは、地域振興活動の集まりで出会い意気投合。英語が堪能な稔さんが外国人を受け入れられるようにと青雲館をAirbnbに登録。早速、英語版のホームページを無償・自前で立ち上げ、小諸の街中では未だに広まっていないWi-Fiを青雲館に導入した。さらに国内外の作家を対象とするアーティスト・イン・レジデンスの総合データベース、AIR_Jにも参加したという。実は稔さんの活動はすべてボランティア。聞くところに寄ると、小諸に縁があったわけでもないそうだ。稔さんの原動力は一体どこにあるのか。
「宮坂から話を聞き、小諸は非常に高い潜在能力があると感じたことがひとつ。手つかずの無垢な自然があり、作物が豊富に獲れ、良質な温泉も湧き出ている。これならクアオルト(ドイツ語で「療養地」を指す)にも成り得ると感じました。さらに宮坂が元フレンチのシェフだと知り、それなら様々な収穫体験と実際の食事を結びつけることもできるのではないかと。それが面白いと感じ、手伝うことにしました。しかし、課題は山積みです。地消地産の推進、糠地・ワイン特区への支援、後期高齢者でも働ける機会の創出、お金が地域に循環する仕組みづくり、お土産商品の開発・販売、自立・継続可能な地域住民による運動体の構築など……。これらをどう解決させべきか、現在の活動を通し、糸口を探していきたいと思っています」
観光地のように、無理に拡大する必要はない。行政やたくさんの補助金の力に頼らずとも、捉え方や方法次第で土地がもっている魅力を国内外へ直接、伝搬・情報発信させることはできる。誰もが登録でき、世界を一気に広げられるAirbnbも一手のひとつ。冒頭に述べた問題を抱えているのは、小諸に限ったことではないだろう。青雲館はその解決策を探るためのテストケースともいえるのだ。
共有スペースとなっている、奥行きのある居間。この場にゲストたちが集うと、自然と異文化交流が行われるそうだ。稔さんは「英語が話せなくても大丈夫。座敷に腰を落ち着かせ、向かい合ってきちんと対峙すれば言葉の問題はクリアできる」と話す。
インタビューに応えてくれた青雲館代表の一信さん(左)と、稔さん(右)。一信さんは青雲館を家業とする宮坂家の一人息子でもある。小諸が抱える様々な問題に対し、「それを抜本的に修正するのではなく、今できる活動を地道に続けることが重要」と語っていた。
丘の中腹にある青雲館から少しだけ上に登って行くと、浅間山や四阿山などを臨める、穏やかな景色が目の前に広がる。小諸が誇る、とっておきの財産だ。ワイン畑と雲海と天空との出会いの先にあるものとは……。
国内外からやってきたゲストの記念写真が、コルクボードにたくさん飾られていた。写真にはそれぞれお礼のメッセージが添えられており、皆が小諸と青雲館を存分に堪能して帰ったことが伺える。
アーティスト・イン・レジデンスで1カ月間、滞在しているというアメリカ人アーティストのアランさん。新旧の日本文化をモチーフにした平面/立体作品をつくっており、とても複雑な折り紙を見せてくれた。
以前、滞在していた海外のアーティストに描いてもらったという小屋の壁画。「何気ないところにアートを点在させ、小諸を少しずつ華やかにしていきたい」とは稔さんの談。
共有スペースの奥にある、Airbnbのリスティングとして登録されている小部屋。この他にもいくつか部屋があるのだが、民宿利用者用とアーティスト用とでわけているそうだ。
看板犬のメイ。人懐っこくて、近づくとしっぽを一所懸命に振りながら、こちらに寄ってきてくれる。この子との散歩も青雲館の人気コンテンツになっている。
宮坂さん自作の立派な五右衛門風呂。隣には椅子やテーブルが置かれた休憩場所があり、風呂上がりに夜空を眺めながらビールで一服すれば、最高の気分を味わえる。藤棚下の耕作放棄地はDogrun&Gardenとして借用。
小諸は晴天率が日本一といわれており、さらに標高が高い関係で昼夜の寒暖差が大きいため、様々な果実がよく育つ。近くの果樹園には青雲館がもつリンゴの木が植えられており、そこでリンゴ狩りを楽しむことができる。
写真は、小諸駅そばにある、一信さんおすすめの天麩羅割烹、懐。揚げあんパンに舌鼓を打つ稔さん(右)と、アーティストのアランさん。
お昼は小諸駅周辺の飲食店にゲストを連れていくことも多く、それが街のカンフル剤にもなっているようだ。「外国人ゲストを連れていくと、飲食店の皆さんも喜んでくれる。英語を話せない人は多いが、徐々に慣れてきている様子です。これを機に英語を勉強し出したり、何か新しいことをしようと試みる人が増えてくれば、輪が自ずと広がっていって街が活気づくかもしれない」と一信さん。
絶滅危惧種の蝶々を保護し、飼育を行なっている宮坂繁さんという方がいる。花々と緑に囲まれた宮坂さんのご自宅の隣には、一般公開されている小さな蝶々の展示室があるのだ。ひとつの額のなかには、同じ種類の蝶々がいくつも飾られているのだが、それぞれ個性が微妙に異なり、観ていて全く飽きない。
住所:長野県小諸市滋野甲462-322
TEL:090-4013-0837 ※要事前予約
小諸駅のそばにある天麩羅割烹。扉を開けるとすぐにカウンターが現れる、こじんまりしたつくりが外国人ゲストを魅了しているそう。天ぷらももちろん美味なのだが、名物となっている揚げまんじゅうならぬ、揚げあんぱんは是非とも食して頂きたい一品だ。意外過ぎる軽い食感にきっと驚くはず。
住所:長野県小諸市相生町1-2-7
TEL:0267-25-2585
元々はトウモロコシ畑と森だった約1500坪の土地を、26年もの歳月をかけて整えてつくったというオープンガーデン。手入れが行き届いている芝のところどころに艶やかな季節の花が植えられ、先に見える森と雄大な空が絶妙なコントラストを生む。コーヒーブレイクもできるので一息つくのにぴったりの場所だ。
住所:長野県小諸市大字滋賀甲糠地4014-13