香川県高松市の北部に位置する北浜町。一度は寂れてしまったこの港町に再び活気が戻った。2000年、長年使われずにいた昭和初期の倉庫街をリノベーションした複合商業施設、北浜alleyが生まれたのだ。その仕掛け人が建築家の井上雅子さん。「伝統の保存は難しいが、その伝統が街のシンボルになればそれが可能になる」。そんな想いからこの再生プロジェクトを提案することにしたという。同施設の運営にも携わる井上さんは、若い人と接するなかで宿泊施設に関するニーズを感じ、2015年には瀬戸内ステイを設立した。
「リーズナブルな価格で泊まりたいけれど、ビジネスホテルはいや、シティホテルは高いという声が聞こえるようになりました。北浜住吉の物件が空き家になったとき、北浜alleyの新しいコンテンツとして、そういう人に向けた宿泊施設を入れようと思ったんです」
Airbnb(エアビーアンドビー)への登録は、NPO法人を運営する知人のすすめによるものだった。Airbnbについて何も知らなかった井上さんが最初にもった印象は「すごい企業」。その理由はホスト側の負担の少なさだという。
「Airbnb(エアビーアンドビー)さんにお支払いするフィーのパーセンテージが低いんです。元々ホームページだけで予約業務をやっていましたが、クレジット会社やカレンダーを作る会社にお願いしないといけない。Airbnbさんはそれを全部やってくれますし、また、お客様が泊まられたらすぐに入金があるので、ホストとしては非常に有り難いシステムでした」
瀬戸内ステイとして登録している2軒のリスティングは、井上さん自身が空間デザインを手掛けたもの。高松市にある北浜住吉は100年前に建てられた古民家、離島にある女木島ビーチアパートはボロボロだったという海の家を見事によみがえらせ、Airbnb(エアビーアンドビー)がポイントに掲げる「ユニークな宿泊体験の提供」を可能にしている。さらに、友達の家に泊まっているような心地良さとホテルのようなホスピタリティの提供。その両方を感じることができるのは、Airbnbと宿泊施設とのコラボの強みでもある。井上さん自身が過去に体験した「京都の古民家や海外で自宅の一部を開放したホテル泊まったときに感じた、その街に溶け込み生活しているような気持ち」は、瀬戸内ステイにしっかりと活かされている。
女木島のリスティングはスタートしてまだ1年ほど。「ここは今からなんです」と井上さんが言うように、瀬戸内海にはそれぞれに特色のある島々が点在しているため、女木島を拠点に日中は別の島に渡ってしまうゲストが多いのが現状だ。井上さんが目指す“島で過ごす滞在型の宿泊”を実現するには、リスティングのみではなく島全体での取り組みが必要になってくる。
「何かのプロジェクトとのコラボや体験ものなど、もう少しコンテンツを増やさなければと思っています。2016年の瀬戸内国際芸術祭では、島内で盆栽アートの展示があったのですが、そういうものを通年でやっていただけたら、いろいろなコラボができると思うんです。個々にやるのではなく、ひとつの島として。それがこれからの課題ですね」
アートにとどまらず、温かくフレンドリーな地元の人や独自の文化など、女木島に秘められたポテンシャルは高い。それが“体験”として実現したとき、Airbnb(エアビーアンドビー)を通して訪れる世界中のゲストは、より魅力を増した島暮らしに浸ることできる。同時に島には人の流れが生まれ、さらなる地域活性化へと繋がるだろう。女木島での井上さんのチャレンジは、まだ始まったばかりなのだ。
高松港からフェリーで約20分と街の近くにありながら、静かでゆったりとした雰囲気のただよう女木島。3年に一度開催される瀬戸内国際芸術祭の会場にもなっている。
「空間をつくるのが好きだから宿泊業を始めたというのもあります。異業種の人が興味を持ったらその人しか持ってない発想が出ておもしろいんじゃない? 今、宿泊施設に求められているものは、いわゆるホテルの雰囲気じゃないと思うから」と、建築業から入った井上さんは話す。
井上さんと女木島の常駐ホストの川村泰英さん。庭にはピザ窯があるので、本格手づくりピザに挑戦することもできる。海を眺めながら食べるとおいしさが増すはず。
築50年ほどの海の家をリノベーション。白く塗った壁と梁、高い吹き抜けが解放感たっぷりのリビングダイニングには、海外の蚤の市で見つけた家具を合わせて。さまざまな場所からやって来るゲスト同士が交流できる共有スペースになっている。
品数豊富で大満足の和朝食。川村さんが畑で育てた野菜のほか、瀬戸内の島々、香川県内、近隣の県と、できるだけ近くで採れた新鮮な食材を使っている。
アスパラやほうれん草など、川村さんのオーガニック野菜は、自然の力でたくましく育った力強い味わい。島の特産であるトウモロコシや落花生も育てているそう。
「朝日が目の前で昇るのが気持ちいいんです」と川村さん。ザバーッ、ザバーッという波の音とともに朝を迎えるのも、海岸沿いにあるリスティングならではの体験だ。
壁を墨色に塗り、古いふすまを入れるなどして、建築当時のイメージに戻したという北浜住吉のリスティング。縁側からは、四季折々の美しい花が咲く、井上さんお気に入りの庭を眺められる。
香川県の桃太郎伝説が由縁で「鬼ヶ島」とも呼ばれる女木島。その鬼が住んでいたとされるのが広さ4000㎡、奥行き400mの鬼ヶ島大洞窟だ。内部では多くの鬼が来る人を待っている。「洞窟の上にある鷲ヶ峰大展望台にも行ってみてください。天気のいい日には島を360度見渡せます」(井上さん)
10年ほど前に料理店としてオープンし、昨年からは民宿もスタート。新鮮な魚料理をいただけると評判だ。ランチ、ディナーともにメニューはなく、刺身、揚げ物、煮物など、さまざまな旬の地魚と島の野菜をふんだんに使った料理の内容は店主にお任せ。
住所:香川県高松市女木町453
TEL:087-873-0880
倉庫街の古さを活かしながらリノベーションした複合商業施設。カフェや洋服店、雑貨店などが入り、広場ではライブやマーケットなどのイベントを開催。「フランス人のゲストもおいしいと言ってくれたキッシュの専門店『206 TSU MA MU』がおすすめです」(井上さん)
住所:香川県高松市北浜町4-14
TEL:087-834-4335(北浜alley株式会社)