京阪神それぞれの中心地から車で1時間余り。かつては城下町だった古い街並みと純農村の里山の風情が今に残る丹波篠山は、六古窯のひとつ丹波焼のふるさととしての高貴なクラフツマンシップが脈々と息づき、四季を通じた食も豊かな街。華美な空気感とは一線を画す、本来ある日本の美しき静けさを求めて、観光地に飽きた人々がその暮らしの一端を求めて国内外から訪れる。
Uターン後にこの地でマーケティングの会社を立ち上げた西本和史さんは、その業務の中で地元の宿泊業界が直面する課題への気づきを得た。
「東京時代に大きなホテルチェーンで仕事をしていた知見もあった中で、地元のお客さまに対してできることはマーケティングの業務的にはあったのですが、自分の世代や所得で考えると、実際に自分が泊まりたいと思えたり、実際泊まれる場所がありませんでした。今までの篠山にはなかったスケールやカテゴリーの施設を提供できたなら、街としてもより幅が出せるんじゃないか……、そう思い始めたのがきっかけです」
2020年、西本さんは同じ丹波篠山在住のビジネスパートナーと共にKibbutz(キブツ)株式会社を立ち上げ、宿泊業に参入した。
丹波篠山において、未だ郷愁を誘う景観が残されているのは、今から数十年前から地元の方や行政機関が、城下町やその周辺の開発をコントロールし、美しい景観を守ることを皆で提言したからであり、城下町界隈は伝統的建造物群保存地区に指定されているエリアがあります。
現在キブツが運営する施設も、すべてが歴史ある建物をリノベーションしたホテルになっており、景観の保全を前提にしながら、旧き良き日本ならではのミニマルな美を感じさせるデザイン性や佇まいに重きを置いて施設全体が構築されている。
そして、これらの雰囲気を求めて、顧客層として念頭に置いた30~40代の女性客がやってくる。
「篠山においてこれまで、この世代の女性同士や、カップルが泊まれる宿がなかった認識でいます。現在、僕たちのお客さまの8割くらいはこの年代の女性客です」
ちなみに、ホテルとして生まれ変わった物件は、地元オーナーから空き家の利活用を相談されてからプロジェクトがスタートする場合がほとんどで、最初にスタートした宿以外、西本さんたち自らで物件をオファーしたことはないという。そうして会社設立以来、年間一棟のペースで新たなホテルが生まれている。
「『うちの建物、どうにかならない?』というお話しをたくさんいただきます。中には宿泊施設にしか転用しづらい間取りの古民家ってやっぱりあるんです。今、篠山を訪れるゲストに対し、ホテル数、部屋数ともにまだまだ足りていない状態。早く解決できたらいいなと思うのですが」
西本さんたちは現在、4つの施設を運営する。
旧家の間取りや贅沢な庭の造りをそのまま残し、現代の利便追求型の住まいとは一線を画す、丹波篠山ならではの余白がある豊かな暮らしとその佇まいを擬似的に体感できる宿「taos」。
民藝や古物商の建物に挟まれた長屋をリノベーションし、クラシカルな民藝品で演出された宿泊空間にカフェを併設、訪れる人同士のコミュニケーションを偶発させる仕掛けを持った宿「oito」。
将来的に女性であるオーナーに住まいをお戻しするという時限性を持ち、運営も女性スタッフがすべてのディレクションを行う、ギャラリーショップ併設の宿泊者女性限定の宿「une」。
そして、エキゾティックな大正ロマンを掻き立てる元銀行だった開放感のある建造物をリノベーションし、完全バイリンガルとコンシェルジュ機能も持ち合わせたインバウンド向け長期滞在型の宿「mai」。
この4施設はそれぞれ、建物の持ち主の意向や建物自体が歩んできたストーリー、また建築構造や立地で、そのしつらえや役割にひとつひとつ違いを持たせてある。そしてホテルが分散している分、その工夫もなされている。
「ADR的な観点からいえば、宿泊以外にお客さまが併設のカフェで食事をしたり、ギャラリーショップでお買い物してくださったりと、施設間をどれだけ回遊してくださったかという尺度で見ています。LINEの公式アカウントやメルマガに登録してくださっている方々には、過去に宿泊くださった施設からのご案内の中に、他の3つの施設の動向も含めた情報が月一回送られるようになっています」
直近の一年での平均稼働率は80%前後、リピート率も10%超えと好調だ。運営については、他の宿泊施設とくらべて、旅前のコミュニケーションにかなりのコストと時間を割いてる。
「篠山の名物である黒豆の枝豆や牡丹鍋など季節のイベントに合わせて年3回ほど、お客さまによっては年6回訪れてくださる方も出てきています。客室やアメニティのクオリティは業界平均だと思うので、リピートの要因は、やはり接客の部分が大きいのかなと考えています。旅全体の満足度を上げ、『篠山って、いいな』と思っていただけたなら、再訪されるときには必ず僕たちの施設を使っていただける機会が増えると思うんです。ですので、リピーターの方に関してはできる限り同じスタッフがチェックインを担当します。一から話す必要もなく、お客さまは安心しますよね。エアビーのスーパーホストでいられるのも、そういった心がけの結果だと感じています」
個人的にもエアビーのユーザーだという西本さん。自身が考える施設全体の運営スキームと、エアビー利用者の志向との親和性を強く感じている。
「旅好きな人たちがホストに相談しながら旅をするというエアビーのスタイルは、気の利いたホテルならいずれも厭わないという志向とは明らかに異なります。丹波篠山という土地や僕たちのホテルを求めてくるようなお客さまとのマッチングという意味で、他のOTAとくらべてエアビーにはより可能性を感じています」
訪れるお客さまにどれくらい丹波篠山のことを深く伝えられるか。
その橋渡しとして、従来から行ってきた独自の旅のコンシェルジュ機能をさらに深めた、宿泊者に対してワンオフに近い状態でコーディネートした限定ツアーを今後強化していく予定だ。
「予約が入ったらアンケートフォームをお送りし、宿泊日までにさまざまな要望を聞いた上で、例えば作家の工房を巡ったり、屋外でのアクティビティを楽しんだり、一見ではなかなか行けないお店を手配したりと、細かくカスタマイズしていきます。当初は僕たち自身の個人的なつながりでボランティアに近い形で行っていたのですが、現在は各施設ごとにどうやって組み立てていくのがいいかをテストしながらやっています。以来、地元の飲食店やアクティビティ事業者ともよく顔を合わせるようになりました。その多くが地元の知り合いや先輩たちで、一緒にがんばって長く続けていきたいという気持ちが強くあります。彼らとはすごく深いところまでコミュニケーションを取るようにしてるので、『相手が今一体どういう状況なのか?』というところから、『宿泊業者として、僕たちが今の篠山でできることは何だろう?』といつも考えています」
前職と似たようなことをしてるのかもしれない。しかし前と違うのは、自分たちも地元プレーヤーの一員として、そのコミュニティの中に存在しているということだ。
「前のように何かを提案して、『あなたの責任でやってください』って話ではないので、相手も信頼してくれますし、協業のスピード感も速まります。そういうふうにしたかったのかもしれないですね、僕は。ただ報告して終わりではなく。今後とも僕たちの中だけですべて完結させるのではなく、共にマーケティングして、プロモーションして……っていう動きができたらいいなと思ってます。篠山のコンテンツの総量はまだまだ少ないので、宿泊施設ががんばれば自ずと街全体にも活気が出てくるのではと考えています」
元々、西本さんがUターンを決心したきっかけが地元への愛だった。今もその気持ちは、なんら変わってはいない。
Kibbutz株式会社
https://kibbutz.jp/