2010年から宿泊業一筋に従事して14年、現在は石川県の金沢市を中心に、人気の民泊や無人ホテル、ゲストハウスを数多く手がける会社を経営する、合同会社グッドネイバーズの吉岡 拓也さん。2015年に一軒目を立ち上げた当初からAirbnbホストをスタート、その後もゲストのニーズに応じた個性的な宿を展開し、多くの高評価を集めるスーパーホストに。長年培ってきたリサーチ力や成功法則を携えて、現在は「スモールホテルビジネスの専門家」として開業や運営、WEBマーケティングといったノウハウを指導するセミナー講師、全国各地で民泊ビジネスをサポートする個別コンサルなど、活躍の場をさまざまに広げている。
民泊事業を立ち上げる前、星野リゾートの海外戦略事業部に勤務し、外国人向けの広報PRやマーケティング、営業の仕事に従事。アメリカとオーストラリア、東南アジアと香港を2年間ほど担当していた。
「2011年3月の東日本大震災、外国人観光客数が激減したことを経験し、その後星野リゾートに入社しました。2013年には東京オリンピックの開催が決まると、政府がインバウンドの拡大に力を入れることを発表。そのニュースを見て、自分も独立して観光産業・宿泊業に貢献したいと思い、星野リゾートを退職しました。独立してまず始めようと思ったのはゲストハウス。というのも、僕は18歳のときに大学を1年休学してバックパッカーとしてアジアを旅し、大学卒業後も2年間かけて、合計3年間で50カ国以上を回ったんです。そのときだけでも300軒を超える宿に宿泊しました。当時はなるべく長く旅をしたかったので、ドミトリーやゲストハウスといったバックパッカー向けの安宿を転々とし、そこで多国籍な旅人と交流する楽しさも実感。そんな経験から、旅人が快適に過ごせる空間を提供したいと思ったのが、一番のきっかけでした」
とはいえ星野リゾートを辞めてすぐ、順調に開業できたかといえばそうでもなく、日本各地に足を運んで物件を探し回ること1年以上。独立して一経営者となった吉岡さんは、その責任とこだわりを貫きたいという思いもあって、最初の物件選びにはなかなかの時間と労力を要したという。
「確実に収益を上げられると感じる宿から始めたくて、それに見合う物件を探すだけで1年3ヶ月もかかりました。まずは宿の需要があるところ、たとえば外国人が年間10万人以上訪れている町を調べ、東京や大阪、京都、飛騨高山など、目星をつけたエリアでひたすら物件を内覧していきました。そのときは駅近で適度な広さがある物件を探していたんですが、なかなかピンと来る物件に出会えなくて、ようやく石川県の金沢で条件にピッタリな空きビル物件が見つかって。僕は愛知県出身なので金沢にはなんの縁もゆかりもなく、物件探しで初めて訪れたくらいだったんですが、2014年当時は年間20万人ぐらいの外国人が金沢を訪れていたこともあり、ここで一軒目のゲストハウスを立ち上げることに決めました。ゲストハウスといえば貧乏旅行者のための安宿というイメージが強く、汚いけど安い、2段ベッドなので快適ではないけど、世界中の人たちと仲良くなれる宿という認識。それが、2014年ぐらいからオシャレで快適なゲストハウスがちょこちょこ現れ始めたんです。有名雑誌でもゲストハウスが特集として取り上げられるようになり、若者たちの間で人気が出てきた頃でもありました」
2015年3月に北陸新幹線が開通し、さらなる追風が吹く中やっと出会えた金沢市の物件で「Good Neighbors Hostel」という一軒目のゲストハウスを開業。Airbnbに登録したところすぐに1人目の予約が入ったという。想像以上の外国人旅行者が殺到し、年間稼働率は9割を超えるほど人気のエアビーリスティングに。
「今でこそ金沢にも同業の宿が250軒近くまで増えていますが、僕が立ち上げた当時はまだ8軒くらいしかなくて、まわりにまったく競合がいなかったんです。そんな状況で年間20万人もの外国人旅行者が訪れていたので、開業後すぐに稼働率が100%近くになり、利益も順調に出ていました。以来、コロナ禍前までは毎年1軒ずつ増やすことができ、現在は金沢市に9軒と能登半島に1軒、不動産オーナーの管理物件を含めると、トータルで10軒の宿を運営しています。僕は新しい宿を立ち上げる前に、どんなゲスト向けの宿にしたいか、ターゲット客層を具体的にイメージして、そこからどんな宿を演出するかを考え形にしていきます。バックパッカー向けにはドミトリー主体のゲストハウス、家族連れやグループ旅行にはキッチン付きの無人ホテル、古い建物に価値を感じる層には、築100年の古民家を改装した歴史を感じる宿など、それぞれにターゲット層が違うので特色も異なります。最初に始めたゲストハウスはコンスタントに順調で、年間の売り上げがおよそ1,800万円、年間1,000万円前後の利益が出ていました。宿泊費はバックパッカー向けに1泊2,500円で、月の売り上げがだいたい150万円前後。経費としては賃貸物件なので家賃が14万円、水道光熱費が5万~10万円、リネン費が5万~10万円、掃除や受付といった人件費が20~30万円。それらを差し引いて、だいたい月100万円前後の営業利益が出ていました。その後、バックパッカー向けのゲストハウスは一棟貸へと生まれ変わっています。」
順風満帆に事業を拡大してきた吉岡さんも、これまでの道のりで失敗を経験したことも多々。とはいえ、失敗や苦労があったからこそ試行錯誤し、民泊やゲストハウスの運営方法や成功法則もより磨かれていったと振り返る。
「星野リゾートに勤めていたとはいえ宿の運営は未経験、何も分からずゼロから立ち上げたので、1軒目のゲストハウスは清掃や予約管理、経理業務など、全部一人でやっていました。朝7時から夜は0時までずっと宿にいて直接ゲストをもてなしながら、ときには夜遅くまでゲストと一緒にお酒を飲んだり。それも楽しかったんですが、物件が増えるほど一人では手に負えなくなり、少しずつ社員を増やし、集客や運営業務を自動システム化する方法を取り入れていきました。いかに手離れするかという方向に舵を切りながらも、対面でも非対面でも、いかにゲストの満足度を上げるかを試行錯誤しています。その一つが、ゲストの期待値コントロール。宿に限らずなんでもそうですが、感動が生まれる瞬間って、『期待を超えたとき』だと思うんです。なので、リスティングも期待値を上げすぎず、下げすぎないよう工夫しています。また、実際にゲストが宿に到着して、チェックインをするタイミングにもとくに気を配っています。というのも、ゲストがその宿を気に入るかどうかのタイミングは、まさにチェックイン時と言われます。なので、出迎える際にウェルカムドリンクや何かのサプライズを用意したり、無人ホテルでもいろいろと工夫をしながら、常にゲストの満足度を上げる挑戦をしています」
「民泊ビジネスって、不動産投資でいかに収益を出すか、利回りを良くするかといった目線で語られることが多く、もちろんそれは考えていますが、やはりお客様ありきの事業なので、利益至上主義というより、ゲスト目線も大切にしたいと思っているんです。労力を減らして利益を上げることも大事、それでいてゲストにいかに喜んでもらうかの工夫も大事。そのどちらもうまく両立させるバランス感覚は、常に保つよう心がけています」
約10年の経験から、経営者目線とゲスト目線、その両方を持つことの大切さを知り、自身も心がけるようになったという吉岡さん。それを可能にしたのは、Airbnbのサポートがあってこそと語る。
「宿泊施設の運営は一見華やかに見えますが、同じ業務の繰り返しになりがちです。ゲストから毎回同じような問い合わせが入り、その受け答えや、予約のキャンセルなどの事務作業、必要なときは現場に駆けつけることもあります。地方の小さな宿を知ってもらうことにもひと苦労です。星野リゾート時代にWEB集客のメリットを感じていたので、1軒目を立ち上げると同時にAirbnbに登録しました。他の予約サイトにも登録したんですが、Airbnbは手続きがオンラインで完結するので、早ければ数時間で登録完了。他の予約サイトは様々な制約があるんですが、Airbnbは登録・リスティングの掲載・稼働までがスピーディで、すぐに予約が入り、開業翌日にゲストが来てくれた……あのときの喜びはひとしおでした。Airbnbはとくに、ホテルとは違った宿泊施設を探すゲストが利用する予約サイトなので、個性的な宿を展開している場合、バックパッカーにはゲストハウス、ご家族連れやグループには一棟貸し、特別な体験をしたい方にはサウナ付きや古民家タイプ、とターゲットの客層にPRしやすく、見つけてもらいやすいメリットも感じています。予約管理や問い合わせ対応など、自分たちでやっていた業務もシステム化できるので、負担がぐっと減らせているのもありがたいですね」
情熱的にビジネスを発展させるなかでは、日々ゲストの喜ぶ姿にやりがいを感じているという吉岡さん。その一方で常に広い視野も忘れず、民泊運営を通して成し遂げたいことは社会全体、産業の発展にも向けられている。
「ゲストは国内からが3割で、7割近くは海外から、来てくれた外国人ゲストにはやっぱり日本のことを好きになってもらいたい。何より、自分が世界を旅したときに改めて日本の素晴らしさ、次世代に残したい唯一無二の魅力があることを実感して、海外の観光大国と比較しても負けないくらい日本に高いポテンシャルを感じたんです。けれども実際の観光客数で見ると、コロナ禍以前の2019年は、スペインを訪れる外国人観光客は8000万人以上、イタリアは6000万人以上でしたが、日本はおよそ3200万人と大きな差が見られます。ただ、これからは訪日外国人客数も5000万人、8000万人と増えていくと言われ、民泊ビジネスに挑戦するには夢が広がる時代。東京や大阪といった大都市と違って、金沢という地方で展開していますが、民泊事業は地方の地域活性につながる可能性も感じています。地方には空き家や使われていない建物も多いので、物件を民泊として活用して地域を盛り上げたり、大都市だけじゃない日本の奥深い魅力を、海外のゲストに感じてもらいたいなと思っています」
自社物件を運営する傍ら、不動産オーナーから建物を預かり、運営管理を任されている宿も増えたという吉岡さん。数年前からはこれまで長年培ってきた幅広い知見とノウハウを活かし、小規模宿泊施設のコンサルティング業もスタート。北は北海道のトレーラーハウスから南は宮古島のヴィラまで、開業・運営やWEB集客、業務の自動システム化や宿の無人化などをサポート。その他にも、これから民泊ビジネスを始めたい人や運営に悩む人たちにに向けたセミナー開催や、ブログやSNSを通して情報発信も熱心に取り組んでいる。
「民泊事業のノウハウは、一軒目を立ち上げる前からずっとブログとX(旧Twitter)で情報を発信していたんです。今でこそ民泊ノウハウを発信する方はたくさんいますが、僕が最初にゲストハウスをやろうと思った頃は、情報がほとんどなく、周りも自分も手探りでやっていたんです。そこで、自分が得た知見や失敗しないコツを共有できたらと思い、『ゲストハウス・クリエイターズノート』というブログでずっと書き綴っていました。情報がまったくない中で始めて何度も失敗したので、失敗しない人を増やしたいという思いもあったんですよ。最近はAirbnbでもセミナーを開催させてもらい、ゲストのレビューや満足度を上げるコツ、集客を加速させるヒント、業務の自動化といったお話をさせてもらいました。コンサルティングやセミナーを始めてみると、自分の経験がこんなに皆さんの役に立つんだと驚かされることも多くて、民泊運営とは違ったやりがいを感じていますね」
民泊ホストとしても経営者としても、コンサルタントやインフルエンサーとしても、常に情熱的に誠実に向き合うその姿勢は、多くのゲストやクライアントたちからの信頼も厚い。そんな吉岡さんもまだまだ夢の途中、これからも民泊ビジネスを通して叶えたい、こんな野望も胸に秘めている。
「僕の原点はやっぱり旅好きなところから始まっていますが、旅はいろんな場所を転々とできて、気に入った場所には長く滞在もできるし、嫌になったら次の街に移動できる。その流動性が旅の魅力だと思うんです。それって日常生活や仕事に関しても言えることで、うまくいかなければ別のところに必ず可能性はあって、方法や価値観も一つじゃない。でも日本の風潮を見ていると、一つのところに所属したら辞めるのも難しく、敷かれたレールの上を歩くしかないような。そうして何か一つに縛られたまま流動的に動けないことで、生きづらさを感じている人も多い気がするんです。僕は今、金沢を中心に民泊を運営していますが、これから日本全国に民泊が普及してますます世界中の旅人が行き交うようになれば、それだけ多種多様な価値観を持った人たちと繋がる機会も増える。何かに行き詰まっていたとしても、そうした交流から『こんな生き方もあるんだ、こんな可能性があるんだ』と視野が広がって、新しい動きが生まれるかもしれない。民泊ビジネスの盛り上がりが、ひいては日本の社会にさらなる多様性や流動性を生むことにも繋がる……そんな未来も目指しながら、これからも活動を続けたいと思っています」
物件ありきのビジネスなので、やはり失敗しない物件選びは大切。物件を探す前に、まず最初にどこに何を作るか、どんなゲスト向けにPRするかの「設計」を決めることから始めます。その設計がぼんやりしていると、失敗に繋がりかねないので、ターゲットの客層やニーズを徹底的にリサーチします。立地の選定も大事なポイント。ゲストがアクセスしやすく、滞在するのに便利で使いやすいロケーションかどうか、を見極めています。駅から近い物件、観光地が近い物件などが理想的。もちろん新築駅近で、スペースが広い、プール付き物件、周りに民家がない、といった好条件が揃うことにこしたことはありませんが、欲を言えばきりがなく、条件が良ければ当然資金も高くなります。自分が外せない条件は押さえつつ、どこかで折り合いを付けながら、たとえば駅近だけど駐車場がない物件なのか、反対にちょっと郊外でも見晴らしが良くて駐車場もある物件なのか、どちらを選ぶかはどんなゲスト層に向けて作りたいかの前提が決まっていれば見えてくるはず。駅や観光地にアクセスしやすい物件の場合は、観光のベースとしての宿になりますが、たとえばアクセスは悪いけれど、海沿いの貸別荘のような特別感が味わえたり、ペットと一緒に泊まれたりお庭でBBQができたり、そんな物件で民泊を始める方法も。その場合、ゲストは観光目的ではなく「その宿に泊まること自体が旅の目的」になってくれます。民泊にもいろんなスタイルがあるので、まずは自分の理想とする設計を思い描いて、それから物件探しを始めることをオススメします。
宿ビジネスの勝敗を決める一番大切な時期は、立ち上げてから最初の3か月~半年です。開業後3ヶ月から半年の間でいかにゲストを集めて高いレビューを集めるか、それが今後の運営を左右するといっても過言ではありません。その期間にいいレビューがたくさん溜まるほど、そのクチコミがまた次のゲストを連れてきて、予約が入り続ける良いサイクルが生まれます。逆に、物件にどれだけ魅力があっても、ゲストの満足度が低いと当然レビューも下がってしまい、集客につまずくことに。もちろんリスティングの作り方や写真の撮り方、文章の伝え方なども大事ですが、泊まりに来てくれたゲストにいかに喜んでもらい、高評価に繋げるかが大事なポイントだと思います。
ホスト自身は直接管理ができないので、現地で清掃や管理を代行してくれる業者にお願いできれば運営は問題なく回せます。一般的なホテル業と違って、民泊は管理体制さえしっかり整えれば、そうして遠隔でも運営できたり無人でも回せたり、その場にいなくてもホストとして活動できることも魅力の一つだと思います。
最初に周辺エリアのリサーチから始めるといいと思います。その不動産があるエリアで、宿泊ニーズがどのくらいあるのか、周りに宿泊施設がある場合はどんな宿がどれだけ稼働しているか、レビューはどうかなどを調べます。Airbnbのサイト内で調べたり、分析ツールなどを使うと、より情報を得られます。そうして、その不動産が民泊として成り立つかどうかを調べて判断するといいと思います。
ホテルと差別化できるお部屋作りは鉄板のルールです。いま全国のホテルが提供している客室のほとんどはシングルかツインかダブルと言われ、ほとんどのホテルが1人か2人で利用するタイプのお部屋。つまり大人数で泊まれる宿は、ほぼ無いに等しいんです。ここが民泊の勝機の一つでもあるんですが、民泊を好むゲストは家族やグループ、4~8人ぐらいが一緒に滞在するスタイルが多いので、そのニーズに合うよう3ベッドルーム+リビングといった間取りが理想的。お部屋作りもまずはターゲットの客層を決め、そのゲストがどんな過ごし方を求めているか、寝室はいくつ必要か、眺めの良さは必要か、などを考えてみましょう。さらにキッチンや大画面TV、庭付き、BBQができる設備など、ホテルでは提供しないサービスや設備を加えるのもオススメ。僕の場合、リスティング作りにも気を配っていて、たとえば「70型の大画面TVがあります」という機能紹介で終わるのではなく、「大画面でワイワイ映画鑑賞会を楽しむ」といった具体的なシーンが浮かんだり、「この宿に泊まったら楽しそう!」と感じてもらえるように、文章や見せ方も工夫しています。お部屋だけでなく、リスティングにもホスト側のこだわりや熱意がそのまま現れるので、心を込めて作るといいと思います。
沖縄や九州エリアも今後の発展に期待していますが、北のスノーリゾートにも注目したいですね。北海道や白馬など、日本の冬山は世界トップクラスに雪質がいいと言われ、オーストラリアやアメリカなどからたくさんのスキーヤーが滑りにやって来るそうなんです。日本のスキー場周辺といえば、1980年代からペンションブームの波にのって小規模民宿が急増した時代がありましたが、今は建物の老朽化やオーナーの高齢化などで減ってしまいました。今後そうしたペンションを改装して、民泊として盛り上げていくのも面白いかもしれません。
石川県金沢市で宿の運営会社を経営。学生時代より世界を旅すること50カ国以上、その経験から2010年より宿泊観光業に携わり、星野リゾートで海外戦略事業部に勤務後、2014年に独立して民泊ビジネスをスタート。現在はAirbnbスーパーホストとして数々の自社物件を運営する傍ら、スモールホテルビジネス専門家としてセミナー開催、日本全国で民泊、無人ホテル、ゲストハウスの開業・運営サポートにも尽力する。今でも2人のお子さんを連れた家族4人で、定期的に旅へ出かけるほど旅好きな精神が一番の原動力に。
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